ハイブリット散歩

 この間、バイクで白骨温泉に行ってきた。片道200キロ以上の距離を走ったのに、思ったほど疲れていないのが驚きだった。理由は、最近始めたウォーキングのおかげかもしれない。60分とか90分とか歩き続ける体力がついてきたことで、長距離ツーリングも体に負担が少なくなっているんじゃないか。そう感じると「これからもウォーキングは続けよう」と心に決めた。

スイミングやロードバイクも悪くはないけれど、最近ハマっているのはもっぱら「散歩」だ。大体10キロくらいは歩くのだが、目的地を決めずにふらりと出かけて、気が向いたらバスや電車で帰ってくる。このハイブリッドな散歩が、なんとも楽しい。

バイクや車で通り過ぎてしまうと見落としてしまうような景色や建物が、歩くことで新鮮に感じられるのだ。偶然に出会う風景や、何気なく目に飛び込んでくるものには、思わず足を止めて見入ってしまうことがある。今日も、そんな風にふらりと歩いていたら、目の前に懐かしいものを見つけた。

それは「富士山型」の遊具。コンクリートで作られたシンプルで無骨なデザインのそれは、昭和の時代を思わせるどこか懐かしい姿だ。遊具は微かな苔に覆われて、時の流れを感じさせる。「今時、こんな遊具が残っているんだな」と思わず立ち止まった。周囲を見渡すと、数人の子どもたちが遊具で遊んでいて、その無邪気な様子に何とも言えない温かい気持ちが湧いてくる。

でも同時に、「何かが戦っている感じがするな」とも思った。今の時代、危険なものは避けられる傾向にあるし、遊具にしても安全第一が当たり前だ。この富士山型の遊具も、きっと昔からあるものなのだろう。転んで怪我をした子もいるかもしれない。それでも、そんなリスクを乗り越えてここに残っている。

「こんな時代だからこそ、こういう『危険』を含んだ存在が美しいんだよな…」

心の中でそうつぶやいた。この遊具には、まるで「俺はここにいるぞ!」と叫んでいるような力強さがある。何もかもが無難で安全な方向に進んでいく中で、この遊具は、まるで自分の存在を主張し続けているかのようだ。その姿に、少し感動してしまう。

もう少し散歩しようと決め、歩き続けるうちに、古びた駄菓子屋を見つけた。錆びついた看板に風化した文字が刻まれていて、周囲の店の中でも一際異彩を放っている。店先に飾られた花の鉢も、少しだけ色褪せているのに、その雰囲気がなんとも温かい。

「こんなところに駄菓子屋なんてあったんだな」

思わず独り言が漏れた。その言葉に反応するように、ガラス越しに視線を感じて振り返ると、そこに彼女がいた。彼女は店のカウンターに座ってこちらを見つめていた。肩まで届く緩やかなウェーブがかった黒髪と、どこか遠くを見つめるような優しい瞳。思わず息を呑んでしまう。

「あ…」

言葉を飲み込んで、彼女も微笑んだ。何かを思い出すように、少し照れたような表情で、彼女の目元が柔らかくほころんだ。それだけで、胸の奥が少し熱くなる。この小さな駄菓子屋で、彼女とふとした目のやり取りが生まれたことに、なぜか心が弾んでいた。

ドアを開けて店内に入ると、懐かしい甘い香りが鼻をくすぐった。棚には色とりどりの小さな袋や瓶が並んでいて、どれも子供の頃に夢中で集めたものばかりだ。そっと駄菓子を手に取り、彼女に会釈をしながらカウンターに持っていくと、彼女が優しく微笑んでくれる。

「こんにちは、散歩ですか?」

その柔らかい声に、少し驚きながらも答えた。「ええ、そうなんです。ふらっと歩いてきたら、ここに辿り着いたんです」

彼女はふんわりと頷きながら、こちらが選んだ駄菓子を丁寧に袋に入れていく。動作の一つひとつが落ち着いていて、どこか懐かしい時の流れを感じさせた。

「このお店、ずいぶん長く続いてるんですね」

思わずそう尋ねると、彼女は少し驚いたように目を見開いてから、うなずいた。「はい、母が始めて、私が引き継いだんです。最近は古びたままのところが多いけれど…それでもなんとか、少しずつ続けてます」

その答えに、なんとなく胸が温かくなった。彼女がこの駄菓子屋を守ってきたんだと思うと、まるで自分が見つけた富士山型の遊具と同じように感じた。時代に流されず、ただそこに存在し続ける強さが、彼女の姿に重なる。

駄菓子を受け取って代金を支払い、少し名残惜しい気持ちで彼女に礼を言った。彼女はまた、柔らかな笑顔で応えてくれた。その笑顔が、心のどこかにじんわりと染み込んでいくような感覚だった。

店を出た後も、あの笑顔が頭の片隅から離れなかった。再び歩き出し、ふと空を見上げると、秋の空が街を綺麗なブルーに染めていた。歩くスピードだからこそ感じられるこの空気感がたまらない。バイクや自転車では通り過ぎてしまうこの瞬間が、今の自分にとって特別な意味を持っている。風が頬を撫で、爽やかな太陽が背中を温めてくれる。少し切なく、でも温かい気持ちでいっぱいになる。

「また歩いてみようか。そして…また会えるといいな」

そうつぶやいて、自分はゆっくりと気持ち良い空気の中を歩き始めた。