「ねえ、今日はどこ走ってたの?」
電話の向こうから、柔らかな声が響く。彼女はバイクには乗らないけれど、私がバイクについて語るのを楽しんでくれている。そんな彼女の声を聞くと、不思議と今日の感触を言葉にしたくなる。
「今日は新しい排気セッティングを試してみたんだ。排気抵抗の少ないエキパイに、純正のマフラーを合わせたんだよ。」
「ふーん、それってどんな感じなの?」
「シルクみたいなエンジンの鼓動、って感じかな。静かだけど、無駄な雑音がなくて、スムーズに回る。まるでバイクが上品になったみたいなんだ。」
彼女はしばらく黙っていた。電話越しに小さな吐息が聞こえる。
「それって…乗ってて気持ちいいの?」
「すごくね。海外向けのバイクはパワーを出すために圧縮比やカムで力強さを出してるけど、日本の昔の国内仕様はその逆で、パワーを抑えてたんだ。でも、ただ落としてるんじゃなくて、そのバランスの中で滑らかさを作り出してた。」
「なんか、お料理みたいだね。」
「料理?」
「うん。スパイスを足すんじゃなくて、素材の味を引き出す感じ。例えば、お出汁をちゃんと取ると、シンプルなのにすごく深みのある味になるじゃない?」
「なるほどね、それに似てるかも。パワーを抑えた分、扱いやすくなって、余計な力を抜いて走れるんだよ。」
「そっかぁ…そういうのがわかるって、なんかすごいね。」
彼女の声は、まるで静かな風のように心地よかった。こんなふうに誰かに伝えながら、自分でも改めてバイクの楽しさを噛みしめる時間が好きだった。
「ねえ、前に言ってたじゃん。レースで速くなるのも楽しかったけど、今はバイクのセッティングを変えて、自分で乗りやすさを見つけるのが楽しいって。」
「うん、今はそうやってバイクと向き合ってる。ディメンション、吸排気、サスペンション…ちょっとずつ変えて、その変化を感じるのが楽しいんだ。まるでパズルを解くみたいにね。」
「なんか、バイクとずっと付き合っていく感じがするね。」
「そうかもな。毎日試して、記録して、また試して…それを繰り返してる。YouTubeにも日記みたいに残してるし、記録が増えていくのも楽しい。」
「そっか…じゃあ、いつか私も乗せてくれる?」
その言葉に驚いて、思わず電話を持つ手が止まる。
「えっ、バイク苦手じゃなかった?」
「うん、ちょっと怖いけど。でも、あなたがそんなに好きなものなら、私も一緒に感じてみたいなって。」
心臓が少しだけ高鳴る。
「じゃあ、ツーリング遊びの時にでも、一緒に行くか?」
「うん、行きたい。」
彼女の声が、バイクのエンジンみたいにシルキーに響く。これからもバイクと長く付き合うことになりそうだ。そして、その旅のどこかに、彼女がそっと寄り添ってくれるのかもしれない。