哲学してみる

 今年の冬はバイクに乗らないと決めたので、新しい習慣となった図書館訪問で本を探していると、子供向けの哲学本に辿り着いた。哲学の専門書は複雑で、図鑑のようなものは概念的で、納得感がどちらにもない。でも子供向けの本は、おそらく作者が意訳をしてくれているし、翻訳家が日本人でも納得感が得られるように、哲学を分解して、組み立てくれるので、すっと心に納得が生まれる。今回の本は”反対を考える”ことについて、シンプルに納得する言葉と事例で語りかけてくれた。楽しい体験だったので、読んだ記念に、忘れないようメモを取る。下記はこの「哲学してみる」の自分の心にすっと入ってきた部分だけを抜粋して並べてみたものである。

“何かを考えるということは、反対を考えるということ”

上の反対は下、熱いの反対は冷たい、光の反対は闇というように、私達の考えは対立を含んでいて、一方があるから他方が理解できる。対立する言葉を一つにしたり、対立を忘れたり、対立しているように見えても、実は補い合っていて対立していないと決めつけたりしているが、一方があるから他方が理解できる、二つの対立するものがいつも必要である。それは

“単一性と多数性”

言いたいこと、したいことによって人は単一性と多数性を使い分けている。私達のアイデンティティーには二つのことが含まれいる。一つは自分が一人であること、もう一つは気分がころころ変わっていったり、時には矛盾するほど考えが色々であったりするといった具合に、自分が複数であるから、それは一体のロボットが複数のパーツで組み立てられているのと同じである

“自由と必然”

自由とは制限も義務もなく、したいことができることと考えがちだけど、誰もが男の子として生まれるか、女の子として生まれるのかを選べません。生きていくには誰しも食事をとり水を飲み、眠らなければならない。存在するものは全て、自分が生きているという枠の中でのみ自由である

“能動的と受動的”

人は家の屋根を支えている壁が。それが崩れる日まで受動的だと考えているが、崩れて初めて、それまで壁が屋根に対して能動的に作用していたと気づく。私達に気づかれることなく、全てのものは全てのものに作用する。全ては能動的であり、同時に受動的だと見なすことができる

“理性と情動”

恋愛をしているときのように情動に抵抗できないことがあり、生きるために働くことを考えなければならないように、人は皆、理性と情動の間で揺れ動いている。想像と確信は理性と情動の組み合わせによって生じる。芸術や科学の分野においても、天才とは調和するとは限らない理性と情動が、一人の人間の中でうまく結びついてる様をいう

“自然と文化”

最先端の医療が死期を伸ばしても、自分がいつか死ぬことを私達は知っている。自分が死ぬという確信は、私達の存在に意味を与え、この地上に通過した痕跡を残すように促します。こうして人は考え、芸術作品を作り出す。私達の文化は死を自覚させ、受容させ、乗り越えさせてくれるのである

 なるほど、反対を考えるということは、哲学を理解しやすいこと、納得できた。この本は、私は50歳という年齢が肉体の終わりに近づいていることを体感してから、絵を描きたくなったという気持ちは必然的であるということに納得を得た。単純であった、ただ痕跡を残したいという本能なのであろう。

 私がこの「哲学してみる」から得たものは”絵を描きたいというのは、爪痕を残したいという本能からの情動”という素晴らしい結論だったのけれど、この本の作者は、最後に客観的と主観的、原因と結果という対比で締めくくっている。この部分は気に入いらないなぁ。

“主観的と客観的”

科学者は地球が丸いといって正気ではないと非難され、反対に音楽家は全ての人に生きる愛や苦しみを描けるように見える。客観とは例え正しい主観だったとしても放棄することが必要。

“原因と結果”

原因とは新しい存在を生じるもの、結果とは原因によって引き起こされたものが帰結することだが、それはまた結果を生じるものとなる。

 物理的に正しくとも、客観的でないと認められない。そして、私達は日々の行動し、絶えず自分の周りに結果を生じているが、あまりの多くの原因と理由が関わっているので、その結果を意識することはない。人はドミノゲームのように全てが関係しているように見え、自由はどこにあるのかと自問したいほど、人は皆、モノや他行の行為を必要としている。と締め括っている。

 この締めくくりは、なんか残念、哲学的に言えば、全ては他との関係で成立している、私達一人一人はただの砂つぶである、難解で生きていることは大変なことだと結論付けているように聞こえた。ちょっとチープだな。哲学者は哲学という楽しみを終わらせたくないので、複雑であると決めつけているように思えた。都合の良いロジックでね。おそらく、この作者は芸術家でなく、哲学者だなw

 有限ものと無限なもので作者が説明してくれたように、有限なものは全て無限に細分化できる。その細分化に終わりはないといっている。そう、唯一無のオリジナリティは存在するのですよ。そして私達、芸術家の種族はそれが幸せなのである。それは誰にも止めることができない、唯一無二のことなのである。

追伸
厨二病ですねw 自分が絶対的な真理を知っていると理解していると思って、人の前でもそれを記してしまうなんてw いや、それで良い。それができる私のようなバカは幸せであるに違いないw 誰か偉い先生が言っていた哲学者は厨二病だと。うん、哲学を学んで哲学しているなぁw